優劣

優劣なんてものは存在するのだろうか
存在しないんじゃないだろうか


ただどちらがその人格にとって大切か、重要か、どちらがよりそう思えるのかに依存するものであって、どちらが優れている、劣っている、という絶対的な判断はできないんじゃないのか。
相対的に言うのならそれは優れている、劣っている、ではなく、(重要度などが)勝っているかどうかじゃないのか。


そもそも、優等生や劣等性とは何なのか
言われたことを守る子供は優等生なのか
言われたことを守らない子供は劣等生なのか
そんなもの、命令或いは指示をした者の主観的判断じゃないのか
どちらが優れている、劣っているなんて言葉を使うべきなのか


勝ったものは優れていて、負けたものは劣っているのか
勝ったものはただ勝者であるだけ、負けたものはただ敗者であるだけじゃないのか
優れている、劣っているという判断を下すのは間違っているんじゃないのか
勝ったもの、あるいは結果を出したものは総じて優れているというような風潮があるように思う
それは間違っているんじゃないのか


どちらが優れている
どちらが劣っている
何の尺度でそれを語るのか
優れているか劣っているかを人間が判断したければ、その対象を数値にする必要があるんじゃないのか
数値化するなんてことは不可能だろうし、たとえ数値化が可能だとして、数値が大きい方が優れているとは限らない
小さい方が優れているとは限らない
そもそも、人間が適切な数値化をできるのかどうかも疑わしい
適切か不適切かをすら判断できないのではないか